七夕の行事食にそうめんを食べるようになった由来は?

七夕祭りの由来

七夕の星祭りの、天界に繰り広げられる物語は、
中国に古くから伝わっている伝説とのこと。

 

日本では白鳳時代の持統(じとう)天皇五年
(西暦691年)七月七日に、公卿たちと宴を開き、
衣服を贈られたと。

 

そして、年月がたち宮廷と武家に限られたもので、
これが民間に伝えられるようになったのは、

近世に入ってからのことです。

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江戸時代の寺子屋教育の影響によって、
織女星と牽牛星の星が一年でもっとも近づく

 

七月七日にはこれを祭って、

女の子は手芸の上達を願い、

男の子は手習いの上達を願いました。

 

1300年前からの行事です
七夕を甘く見てました.

 

 

soumentuyu

七夕の行事食にそうめんを食べる?

何とこちらの「そうめん」も驚きです

「七夕」の時期に食べる「行事食」の
一つなんですよ。

 

平安時代に七夕の節句で小麦粉と米の粉を
練って縄の形にした菓子を食べる風習から
来ています。

 

菓子は和名を「むぎなわ」と言い、
中国から伝来した食べ物です。

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中国名は「索餅(さくべい)」と呼びます。

 

菓子がなぜ「そうめん」になったのか?

その昔、古代中国の帝の子供が七月七日に亡くなり、

その後に一本足の鬼となって熱病を流行らせ、

これに困った人々は子供の好物だった「索餅」を
供えて祟りを鎮めました。

それから、この故事に因んで中国では七夕に
「索餅」を食べる風習が生まれ、

伝来した当初は、日本でも中国と同じ材料で作った
「むぎなわ」を七月七日に食べる習慣がありました。

しかし、この「むぎなわ」の元になった「索餅」は
「索麺(さくめん)」とも呼ばれ、それが時代を
経て「そうめん」に変化したのです。

 

「そうめん」は米の粉は入っていませんが、
小麦粉と食塩水で作られます。

 

そして、今でも七月七日に食べる「そうめん」を、
鬼の故事に因んで「鬼の腸(はらわた)」
呼ぶのですよ。

 

昔からさっぱりとしたそうめんは食欲が減退する
季節にはうってつけのメニューでしょう。

 

ご先祖さんたちの素晴らし暮らしの知恵が
今も続いている日本ていいな~

 

最後に

全国乾麺協同組合連合会は七夕・そうめんの日と
設定しました。

 

全国乾麺協同組合連合会では、昭和57年から
芸事に限らず恋愛・健康の願いごとが叶うよう

 

七夕に「そうめん」を食べるよう、
普及を図っています。

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