藤井隆太(龍角散社長)の略歴!倒産危機や趣味と愛車と好物は?

株式会社 龍角散 社長 藤井隆太がカンブリア宮殿に登場

のどを守って200年

ゴホン!といえば龍角散

コマーシャルで高齢者にお馴染みの家庭薬
「龍角散」は、江戸時代のお殿様の喘息薬が
原点だそです。

 

元は、佐竹藩(現在の秋田県)を治めた大名・佐竹家の
御典医である藤井玄淵が処方した漢方薬で、

 

三代目・正亭治が、藩主の喘息を治すために改良した
ものだそうです。

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社名も龍角散で200年「のど」に特化した異色の会社

業績も伸びておりその要因が大気汚染が深刻な
中国からの観光客が、龍角散を大量にバク買い。

 

龍角散にスティックタイプを追加して刷新

 

さらに世界初の服薬ゼリーを開発
薬を飲みやすくする世界初の「服薬ゼリー」も開発した。

 

しかし、一昔前の龍角散は倒産寸前だった。
その再生ドラマに迫る。

 

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藤井 隆太(ふじい りゅうた)社長プロフィール

株式会社 龍角散 社長

昭和34年生まれ。

桐朋学園大学音楽学部卒。

仏留学を経て、同大音楽学部研究科修了。

昭和60年、小林製薬株式会社入社。

三菱化成工業株式会社を経て、

平成6年株式会社龍角散入社。

同7年6月同社代表取締役社長就任。

現在、東京都家庭薬工業協同組合理事、

全国家庭薬協議会常任理事、

公益社団法人神田法人会副会長、

公益社団法人東京生薬協会会長、

神田神社氏子総代、東商千代田支部副会長などを務める。

 

 

藤井隆太 社長 略歴は?

音大卒

両親が音楽好きで、物心もついていない藤井社長に、
クラシックを聞かせられて、3歳でヴァイオリンを
弾かされていた。

10歳でフルート、そしてプロを目指すため桐朋学園の音楽高校に進学した。

フルートの師匠

NHK交響楽団、小出信也先生

大学卒業後1年のパリ留学
国際コンクールで1位を受賞する。

小林製薬が親戚?

帰国後、経営陣が遠い親戚だった小林製薬に入社

最初は営業からスタート、営業は成績はトップ

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移動でマーケティング担当に
あの『のどぬ~るスプレー』や『びふナイト』
担当した。

 

その後、三菱化成で8年勤務してます。
34歳で龍角散へ入社

過去の成功に酔って迎えた倒産一歩手前

1970年代からジリジリ売上が減少、伝統と知名度の
製品ゆえに、社内の危機感は薄く時間が過ぎていきます。

 

老舗ゆえのおごり、時代とと共に改革が?

 

8代目、現在の藤井隆太社長が就任した頃(1995年)には、

負債が40億円と年間売上とほぼ同額に達していた。

5年~3年で倒産する。

 

会議では

 

  • 商品寿命が終わった製品
  • 胃薬などの大きい分野進出
  • 龍角散ブランドを捨てる

改革について反対を受けた藤井社長は、一切の責任を
引き受ける形で大転換を決断しました。

 

社内の古い常識、過去の発想から離れるため新たな道を
選びます。

 

「クララ」という旧製品を廃止で流通からも抗議が殺到。

 

藤井社長自ら介護や服薬の現場に、1998年に世界で初めての

服薬補助ゼリーを開発、世界35カ国で特許を取得する製品。

 

現在では年間約30億円の市場規模、同社の新たな主力商品に成長しました。

 

現場の医師から「幼児も使えるよう味を改良してほしい」との要望が。

「介護・高齢者」「幼児」の2つの年齢層で服薬ゼリーは大きな市場を獲得。

 

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趣味、愛車、好きな食べ物は何?

趣味

メカや模型

週末 中高生を相手にオーケストラの指導

愛車

スバルR2軽自動車(現在生産撤退)

好きな食べ物

好物は立ち食いそば
週1回は気に入った店に食べに行く。

最後に

創業200年、8代目の藤井社長さん良く改革出来たと
思います。

改革で一番反対するのが、古参役員、従業員ですから、

200年前からの伝統で、黙ってCM流せば売れる、
時代はドンドン変わっていきます。

同業者も、ドンドン増えますから売れると聞けば
群がって来る時代。

私も咳でたら龍角散でした、今のようにのど飴など
ありませんでしたから。

藤井隆太 社長頑張ってください。

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