似鳥昭雄(ニトリ会長)wikiとカンブリア宮殿に !逆境がチャンス

カンブリア宮殿【10周年記念「波瀾万丈スペシャル」
~あの時があるから今がある~】に

ニトリ会長、ニトリホールディングス社長が登場

 

  • 企業にとっては逆境の方がいい
  • 他の企業と差がつきやすいから
  • 利益が出ていなくてもの成長の種を仕込んでおく

企業にとっては逆境の方がいいと言う似鳥 会長を調べてみました。

 

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似鳥 昭雄(にとり あきお)会長プロフィール

現在、ニトリ会長、

ニトリホールディングス社長

1944年年3月5日樺太生まれ

1962年 北海道工業高等学校卒業

1964年 札幌短期大学卒業、北海学園大学編入

1966年 北海学園大学経済学部卒業

1967年 似鳥家具店を札幌で創業

1972年 株式会社ニトリ(現・株式会社ニトリホールディングス)設立

2005年 秋の栄典で藍綬褒章を受章

2007年 フランス共和国札幌名誉領事に就任

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履歴

1944年に樺太で生まれたが
父・義雄の先祖は南部藩で家老を務めていたと

聞くが、戊辰戦争で敗れ、岩手県から北海道の
花畔(ばんなぐろ)村(現在の石狩市)に

開拓民として移ってきた。

 

私は開拓民の4代目に当たる。

似鳥という名前は、今も岩手県に残る
「にたどり」という地名だ。

似鳥一族のうち、本家筋が「にたとり」の
名前のまま札幌に入植し、分家の当家は
「にとり」という名前で入植した。

父・義雄(のちニトリ会長)は石狩市出身
コンクリート製造販売業を営んだそうです。

北海学園大学経済学部卒業後、広告会社に
勤めるが仕事が獲れず半年で解雇となる。

23歳で似鳥家具店を創業
1972年、家具業界向けのアメリカ・ロサンゼルスへの研修セミナーに参加し、アメリカの豊かさを見て人生観が変わる。

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帰国後、家具のチェーンストアを志し、株式会社
ニトリを設立(本名は「にたとり」と読むが、

よく間違えられるので「ニトリ」とした)。

今世界5万店舗を目標にしているそうです。
経営コンサルタントの渥美俊一を生前から師と
仰ぎ。

母校の北海学園大学に寄付講座を開講
私財を投じて留学生のための奨学基金を設け、
社会貢献活動も行なっていました。

2008年からはJリーグコンサドーレ札幌のメインスポンサーになり、高額のスポンサー料の他、

選手の人件費や勝利給に使用することを条件に、1億円を寄付したこともある太パラ。

ニトリと大塚家具との逆転は?

家具小売りの国内最大手の大塚家具としばしば対比されるのがニトリ。

 

1990年代後半に家具小売りの高収益企業の座に
就いていたのは大塚家具であり、ニトリはその後塵を拝していた時代でした。

 

家具は、食料品や日用品のように頻繁に購入する商品ではない。

 

ニトリは、共同開発や自社生産によるPB商品を主力とする製造小売り

(SPA)の企業であり、価格が安く、しかも統一感のある住空間を誰でも

コーディネートできる商品を取りそろえることで、関連購買を促している

企業です。

 

ニトリは統一感のある品ぞろえを実現は、南アジアに自社工場を開設し、

苦労を重ねて現地生産に挑戦。

 

ニトリはリーズナブルでありながら統一感のある品ぞろえを実現した。

 

今の日本において家具小売りの高収益化を図るには、結婚や住宅購入などの

ライフイベントを契機とした購買に、もはや頼ってはいられない。

 

ニトリの都心部出店では

  • カーペット、
  • カーテン、
  • 寝装品、
  • 食器

このホームファッションを中心とした品ぞろえ

 

ホームファッションに絞れば、店舗の小型化が
可能、リピート購買による回転率の向上も見込めるとの事。

 

最後に

大塚家具も、都心部への出店を進めています。

日常の家具の買い替えや買い足しはありますが

家具のまとめ買いは結婚とか、新築以外あまり

無いのでは無いでしょうか、大塚家具もどう

出てくるか?

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