デザイナー 梅原 真の経歴は?ゆずや異色デザイナーとは?

田舎の埋もれた宝を“デザイン”の力で輝かせる男!デザイナー
梅原 真さんがカンブリア宮殿に登場

  • 田舎に根差し
  • 田舎にこだわり
  • 田舎の埋もれた宝に

光を当て続ける高知発のデザイナー梅原 真
さん。

基本的に田舎の1次産業の人々や企業のみだそうです。

農林漁業と辺境に関する仕事以外はお断り。

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地方の商品に、ぴったりのパッケージやキャッチフレーズをつけるだけでなく、

商品そのもののプロデュースも手掛ける。

 

梅原さんが関わるプロジェクトはなぜ成功するのか?

梅原さんを調べてみました。

 

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梅原 真(うめばら まこと)さんプロフィール

梅原デザイン事務所

1950年高知市生まれ

身長182cm、体重82kg

経歴

1972年高知放送プロダクション入社

テレビ美術担当

スペイン、アメリカ遊学後

1980年梅原デザイン事務所主宰

1988年、高知県土佐佐賀町のかつお一本釣り漁業再生のため「土佐一本釣り・

藁焼きたたき」をプロデュース

1989年、高知県大方町にて、4kmの砂浜を巨大なミュージアムに見たてる

「砂浜美術館」をプロデュース

1995年から(株)四万十ドラマのプロデュース。「四万十のひのき風呂」

「しまんと紅茶」「しまんと地栗」などの商品開発をベースに、

流域の産業を再生する

 

2005年、四万十川流域で販売するものはすべて古新聞で包もう! をコンセプトに「しまんと新聞バッグ」をプロデュース

 

  • 「四万十のひのき風呂」
  • 「しまんと紅茶」
  • 「しまんと地栗」

などの商品開発をベースに、流域の産業を再生する。

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『ぽん酢しょうゆ・ゆずの村』(馬路村農協)

ロゴやパッケージ、商品コンセプトまで手がけた馬路村「ぽん酢しょうゆ

ゆずの村」

 

今や38億円を売上げる馬路村農協は大企業になった。

 

馬路村(うまじむら)は、高知県にある村です。

高知県35市町村でも人口が2番目に少ないむらですね。

 

80年代「なんでわざわざ『村』なんよ?」と、地元から商品名に失望させたが、

断固譲らなかったのも梅原真さんだ。

 

それが、今では高知の星になってしまた。

 

異色デザイナーとは?

ただパッケージやロゴやカッコいいネーミングをするというレベルの

デザインではなく、考え方から設計するのだという強い意志。

「梅原真」の幾つかの実績

■「漁師が釣って、漁師が焼いた」・・このキャッチコピーが1800万円の売上高を9年間で23億円に発展させた。佐賀町の明神水産の話である。

■「砂浜美術館」・・このコンセプトで田舎の砂浜がリゾート開発から免れ「Tシャツひらひら」のイベントが20年以上も続いている大方町(現黒潮町)。このTシャツひらひら」のイベントは今年はモンゴルの草原に飛び火するという。

■「四万十川を新聞紙でつつむ」・・古新聞紙でバッグを作って1億円稼いだ十和村。これがニューヨークにも伝わって話題になったという。

■「ポン酢しょう油・ゆずの村」・・今や38億円を売上げる馬路村農協は大企業になった。

■「ひのき風呂」・・ヒノキの香りを売り込むアイデアでヒノキの小切れが¥200円で売れている。「道の駅とおあ」から発売している。

とにかく高知県の田舎の仕事しかしない。高名になると県外からも引き合いが来る。その場合もごく田舎の企画しか受けないという梅原氏。何ともいごっそうではないか。

最後に

いかに高知県豊かにするか、梅原さんの手になると魔法の如く企業が大きく発展し、企画が大成功するという、

正に恐るべき逸材というべき人物である。

今、人口減で困っている県は沢山あります
梅原さんみたいな方がドンドン出てきて来れば
いいですね。

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