一ノ本 達己(スキー場再生請負人)の学歴や経歴は?

一ノ本 達己(いちのもと たつみ)異色のスキー場再生請負人が
カンブリア宮殿に登場。

 

バブル期のスキーブームが過ぎ去って久しく1990年代に
1860万人だった日本のスキー人口は、半分以下に激減しました。

 

こうした考えの下、スキー場の再生事業を手掛けるマックアースの一ノ本達己氏は

「スキー場のある地域は、何百年と人が住んでいて独自の文化を培ってきた。

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存続させることは、伝統ある地域を守ることにつながる」と意義を強調する。

初参入から、わずか8年で日本最大のスキー場運営会社になった。

「スキー場の個性を売れば客は来る」と社長の一ノ本は話す。

そんな一ノ本氏の出身大学やプロフィールなどしらべてみました。

 

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一ノ本 達己(いちのもと たつみ)氏プロフィール

株式会社マックアース 代表取締役

出身:兵庫県 46歳

学歴:京都産業大学経営学部卒

職歴:1990年マックアース入社

1995年社長就任

略歴

幼い頃から両親の働く姿を見て育った
父親は1961年、兵庫県のハチ高原に食堂を開いていた。

 

その後、父親はハチ高原で初めての宿泊施設
「ハチ高原ヒュッテ」を開業し、その後、増改築を繰り返して大きくして行く。

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大学を卒業し父親を手伝う、28歳で代表取締役に
親親に『もう辞め!』と言って、退職金を払って辞めさせる。

 

一ノ本氏ならではの経営戦略があった、宿泊や食事が目的ではなく

、スキー実習や野外体験など教育活動のために泊まる宿。

 

一ノ本氏の戦略は一般のお客様は宿泊料だけ、
学校さんは100%道具のレンタルが出る。

 

レンタルウェアもスキースクールも始めた。
そうするとトータルの売り上げは、学校さんに泊まってもらった方が上がる。

またアメリカ発の森の中のアスレチックゲームを西日本で初めて導入、

来てもらう“目的”を作る。

 

1995年「ハチ高原に今までなかったキャパの宿を建ててやろうと。

それには一軒の宿に2校泊める仕組みを作ること」。
2校同時に泊めながらも、お互いの学生が全く顔を合わせない“からくり”。

 

関西ならではの理由ではないが、血気盛んな中学生が
1つの導線を利用となると、トラブルが起こってしまう可能性もある。

 

引率する方への配慮として、玄関から食堂から全て2つ造り、導線がまじわることの

無い設計にした。

 

これが見事にヒットして、売り上げは着実に増えた。学校の利用が、かつては

年間約50校だったのを

一ノ本氏が入社してから営業力によって倍増させ、
その増改築で170校にまで増やすことができた。

 

他県への進出だ。2002年、滋賀県に「奥琵琶湖マキノパークホテル」を建てる。

2008年、国境スキー場を買収その後、合計で27カ所の運営に関わってきた。

 

【会社概要】マックアース

▽本社=兵庫県養父市丹戸896-2

▽設立=2008年1月

▽資本金=8500万円

▽従業員数=グループ全体320人

▽事業内容=スノーリゾート事業(27カ所)、旅館業・屋外教育事業(24カ所)、ゴルフ事業(9カ所)、グリーンリゾート事業(14カ所)、キャンプ場(3カ所)など

http://macearthgroup.com/about/

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