貫啓二は串カツ田中社長で経歴に高校や 家族は?副社長の田中洋江とは?

貫啓二(ぬき・けいじ)氏は白いテント看板に赤と黄の提灯でおなじみ。

「美味しい」「安い」「楽しい」とサラリーマンやファミリー層にも
圧倒的人気を誇る

 

「串カツ田中」の社長です。

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7月に200店舗を超え、店舗数・売上げともに破竹の勢いで伸ばし続けている。

わずか8年で東証マザーズに上場しました。

 

串カツ店と思えないほど清潔なのです、それは「4S」という言葉があり、

4Sとは「整理」「整頓」「清潔」「清掃」をが基本なので人気があるのです。

 

そんな貫啓二社長の経歴に高校や
家族、副社長の田中洋江副社長など
調べて見ました。

 

画像:http://www.zakzak.co.jp/smp/economy/ecn-news/news/…

貫啓二(ぬき・けいじ)社長の経歴

役職:串カツ田中 代表取締役社長

誕生日:1971年1月27日生まれ

年齢:47歳(2018年7月現在)

出身地:大阪府三島郡

出身高校:大阪府立島本高等学校

身長:181cm

家族:両親・兄(4歳上)

職歴:

1989年トヨタ輸送入社

1998年個人事業にて飲食業を創業

2002年3月ケージーグラッシーズ有限会社(現・株式会社串カツ田中)を設立

2016年9月東証マザーズ上場

 

貫啓二社長の父親は町工場の腕がいい金型職人、

母親は編み物の先生

兄は4歳年上で警察官

 

兄の影響で小学校から硬式テニスを開始
中2で身長が181cmあり、

テニスでも好成績を収めるなの運動神経抜群だった。

 

大阪府立島本高等学校卒業後はトヨタ輸送入社してます。

その後企業家になるためトヨタ輸送に勤務しながら、

バーで無給でバイトをしノウハウを学ぶ
27歳で退職し、心斎橋で16坪の開素人のままBARを開業する。

 

この時、ビジネスで生涯のパートナーとなる田中洋江氏と出会う。

その後にデザイナーズレストランをヒットさせ東京に進出。

 

京懐石のレストランをオープンさせ、
注目されるが

東京・大阪の店舗を管理するのはむずかしく、次第に業績は悪化。

リーマン・ショックを境に苦境に落ちる。

 

その後、少額の投資で出店した「串カツ田中」が爆発的ヒットに。

副社長の田中洋江氏とは?

・株式会社 串カツ田中 取締役 副社長

・株式会社ノート 取締役

・東京都世田谷区在住

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・大阪市西成区育出身

 

副社長の田中洋江さんですが
大手広告代理店に勤務する女性だった。

田中勇吉(「串カツ田中の創業者」)の娘さんなのです。

 

貫社長と田中氏との出会いは
最初は、お客さまの一人だったんですが、

そのうちアルバイトをしてくれるようになって

時給はなしで酒は飲み放題の契約だったそうです。

 

広告代理店に勤めていたこともあって流行にも敏感で、おいしい店も良く知っていた。

ある時「このままじゃダメだ」と田中氏に言われ、

2001年2月デザイナーズレストランを開いた。

 

和のダイニングで余勢を駆って、東京にも進出青山のビルの

3Fに隠れ家的な個室の京懐石料理の店をオープンした。

リーマン・ショック到来で起死回生で
2008年の10月に『串カツをやろう』、

 

レシピは田中氏が父であり、先代の田中勇吉氏から受け継いでいた

大阪の下町の味をそのまま東京へ、
がけっぷちでオープンし

「串カツ田中 世田谷店」が想像をはるかに超えるヒットを飛ばし現在となる。

 

串カツ田中HP

http://kushi-tanaka.com/

串カツ田中としては関西、九州を中心に、全国的に店舗網を広げている、

株式会社串カツ田中ホールディングスフランチャイズ募集

https://kushi-tanaka.co.jp/franchise/

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