スカーレット川原喜美子(戸田恵梨香) のモデルは神山清子で半生は?

朝ドラ. NHK連続テレビ小説『スカーレット』のヒロインは、

川原喜美子(かわはら・きみこ)で
女優の戸田恵梨香さんが演じます。

今回のスカーレットの実在モデルは
女性陶芸家の神山清子(こうやま・きよこ)さんという方である。

実在の女性陶芸家であり、骨髄バンク設立に奔走した神山清子さんの

半生に迫ってみたいと思います。

画像:https://dorama9.com/2018/12/05/scarlett-cast/

神山清子(こうやま・きよこ)さんの経歴

旧姓:金場清子

誕生日:1936年8月2日生まれ(昭和11年)

年齢:83歳(2019年度)

出身地:長崎県佐世保市

職業:陶芸家

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神山清子さんの幼少期は?

父親と母親の金場トミと長崎県佐世保市で暮らしていた。

その頃は日本が韓国を併合し支配下においていたご時世で、

朝鮮人が日本の炭鉱で多く働いていました。

金場清子さんの父も炭鉱で働いており、朝鮮人と親しくしていたうえに、

「金場」という苗字が朝鮮人のようだったので、清子さんは娘の頃は「朝鮮人」と

いじめられていたそうです。

当時は朝鮮人を安い月給で働かされ、あまりの過酷さにたえきれず

、朝鮮人たちが炭鉱を逃げ出してしまいます。

優しかった金場清子さんの父も、その朝鮮人に逃走を手助けしたとして、

警察にマークされ金場一家は、炭鉱町を逃げ出す事になります。

その後は九州、近畿など各所を転々としながら逃走する生活だった。

終戦後の1947年に金場清子さんが11歳の時に

陶芸の里・信楽(現在の滋賀県甲賀市信楽町)に来ました。

神山清子さんの学校時代?

金場清子さんは絵が好きで地面に絵を書いて遊ぶのが大好きで、

将来は絵描きになりたいと考えていたのです。

また婦人警官の夢もあって柔道の個人練習も習っていた、

体が丈夫になり長距離走が得意で滋賀県でも名前が知られるほどだった。

金場清子さんは普通高校から美術大学を希望していたが、

封健的な父親は反対で「女は裁縫と料理」が出来ればよい、

「女は勉強は必要ない」と言われ、

信楽中学校を卒業し和裁・洋裁学校に入ったのです。

学費を稼ぐために朝早く起き花を摘んで病院で売って学費にあてていた。

和裁・洋裁学校を卒業後に1954年
(昭和29年)に知人から絵付けの職人を募集してるのを聞き、

陶器製造会社「近江化学陶器」に面接し採用される。

採用後は金場清子さんは昼休みも、仕事が終わってからも絵の勉強に明け暮れたのです。

神山清子さんの結婚?

「近江化学陶器」入社して1年たった時にはデザイン部の主任になっていた。

その時に「近江化学陶器」の別の部署のから配属された社員の神山易久
(こうやま・やすひさ)さんと出会います。

易久さんは、清子さんの絵を褒めたたえるので次第に好意を抱くようになり、

清子さんが21歳の時に結婚します。

子供は

長女:久美子さん

長男:賢一さん

という二人の子供に恵まれます。

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生活は厳しく残業代を稼ぐために遅くまで仕事をし1日も休まず働いたのです。

神山清子さんの陶芸家の道?

神山清子さんが「近江化学陶器」に就職してから10年過ぎたのですが、

時代と共に各家庭に電化製品が入ってて来たのです。

電気で暖房でき火を使わないし安全・簡単な商品が出回り、

火鉢の需要が落ちてしまい、経営が傾きだしたのです。

しかし神山清子さんは時代の流れを感じ退職しました。

退職後は信楽焼の狸や灯籠の型押しの
下請けの仕事をはじめたが、

難しいし時間がかかりお金にならない状態で、

神山清子さんは女性の発案から、信楽焼の食器が無い、

試行錯誤し味のある皿が完成する。

その後に「編み込み皿」にたどり着き、公募展に出品したら

日本クラフト展・朝日陶芸展に入選し、

神山清子さんの女流陶芸家の名前が全国に知れ渡たった。

神山清子さんが女性が窯元になることへの厳しさ?

陶芸という世界には「女は焼き物を焼く窯に入れない」

「女が窯場に入る」と穢れると言われており、夫の易久さんも

清子さんの作陶を反対していました。

相撲の世界もおなじですね、時代とはいえ「男女平等」が叫ばれている

現在でも難しいところはあります。

しかし創作意欲を、抑えることが出来ない清子さんは、

人にマネできない作品を作りたいと思い、

信楽の土を使用し、釉薬(ゆうやく)は一滴もかけないという

「信楽自然釉」作品を生み出します。

、緑、白、赤、黄色の発色がみられる不思議で迫力ある作品であり、

清子オリジナル「寸越窯(ずんごえがま)」の成功でもありました。

神山清子さんの夫との離婚

夫の神山易久(こうやま・やすひさ)さんと子育てと陶芸に励んでいたが、

陶芸という創造的な仕事に没頭し夫の意見にも譲ることが出来なかった、

そんな生活に夫の易久さんが嫌気がさし、好きな女性が出来てしまう。

田舎町なのですぐに噂が広まり清子さんは苦しんでいましたが息子の助言もあり、

清子さん38歳の頃に離婚を決意しました。

長男・賢一が白血病に

清子さんの長男である賢一さんも、陶芸家の道に進んでいましたが29歳の頃に、

慢性骨髄性白血病で倒れてしまいます。

清子さん54歳になっていたが医師から白血病は血液のガンと告げられる。

医師にドナーから、骨髄を移植するしか助かる道がないとして、

清子さんは公的な骨髄バンクなどはなくドナーの数も少なかったので、

募金やビラ配りなどをし、ドナー探しに奔走するのです。

賢一さんのドナーが見つかり、一時は回復しますが、また白血病が再発し、

賢一さんは3歳の若さでこの世を去ります。

清子さんが56歳のときです。

神山清子さん『骨髄バンク』設立へ

清子さんは骨髄バンク設立する声がおおきくなり、

1994年(平成6年)に「滋賀骨髄献血の和を広げよう」が発足し、

会長となりiPS細胞などを使った新しい医療が確立されるまでは、

「私たちは頑張るしかない」と、現在も骨髄バンク登録の普及に尽力されています。

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