古賀和則バスクリン社長の経歴や創価大学 卒!アース製薬の子会社に?

古賀 和則(こが・かずのり)氏は
株式会社バスクリンの代表取締役社長兼CEOです。

創業は1893年(明治26年)に初代・津村重舎氏が
東京市日本橋区に「中将湯本舗津村順天堂」を創業開店。

1897年(明治30年)に日本初の入浴剤「浴剤中将湯」
発売されております。

1930年(昭和5年)に芳香浴剤「バスクリン」発売、

「浴剤中将湯」の成分に温泉成分と芳香を加え夏用入浴剤
として販売されました。

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昔から津村順天堂の「バスクリン」は利用しています、

販売から90年になるロングセラーの入浴剤バスクリン、

お年寄りからお子さんまで馴染まれている。

粉末タイプの入浴剤としての売り上げが、ギネスに認定されたのです。

そんな古賀和則社長の経歴や創価大学
卒!アース製薬の子会社になったかなど調べて見ました。

古賀 和則(こが・かずのり)社長の経歴

役職:株式会社バスクリン代表取締役社長兼CEO。日本石鹸洗剤工業会理事

誕生日:1954年生まれ

年齢:65歳(2019年度)

出身地:兵庫県神戸市→広島県

出身高校:広島市立舟入高等学校卒

出身大学:創価大学法学部卒

資格:温泉入浴指導員

職歴

1979年に津村順天堂(現ツムラ)に 入社。

2000年に同社ライフサイエンス本部の企画部長に就任。

2001年に同業務部長に就任。

2006年にツムラが家庭用品事業を分社化し、ツムラ ライフサイエンスを設立、

同社社長に就任。

2009年にツムラグループからの独立に伴い、新生ツムラ ライフサイエンス

(現バスクリン)の社長に就任。

2010年に社名をバスクリンに変更
株式会社バスクリン代表取締役社長兼CEO。

古賀和則社長は神戸生まれでしたが、
父親がどうしようもない人だったそうで
10歳の時に、母親と一緒に広島県に転居されている。

高校は広島市立舟入高等学校卒業し
大学は創価大学法学部卒されました。

大学卒業後は公務員試験に挑戦するも
2回失敗して広島県に戻る。

その当時は就職難で一般企業でも入れない
時代でした。

しかし津村順天堂広島支店に入社できたのです。

その後32歳で結婚されておりますが、お子さんの情報はありませんでした、

その後1997年に東京ツムラ本社に転勤する。

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2010年に社名を「ツムラ ライフサイエンス株式会社」から「株式会社バスクリン」に現在に至る。

 

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アース製薬がツムラのバスクリンを買収(2012年)

(買収金額 約180億円 出資比率 約80%、買収時期 2012年2月)

アース製薬によるバスクリンの買収は、当時、老舗企業による老舗企業の

M&Aと注目を集めました。

入浴剤の市場シェアは当時3割ほどが『バブ』を主力商品とする花王で、

「バスクリン」は2位になっておりました。

3位は『バスロマン』を主力商品とするアース製薬だったので、

この買収によりアース製薬が花王を抜いて首位の座につき、入浴剤の市場シェアの
4割を占めるようになる。

当時は家庭用化学品メーカーの生き残り戦略があったからなのです。

アース製薬も大塚グループ(大塚製薬)になっております。

最後に

古賀和則社長は健康にも気負付けており、
たんぱく質を取るのであれば、できるだけ肉類は控えて、魚介類にする、

麺類であればうどんよりもソバ、野菜ならば根菜類を食べるように心掛けているそうです。

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