作家・原田マハの経歴や結婚と夫に兄にペンネームの由来は?国民的画家・東山魁夷を紹介し話題に?

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原田マハ 特集・ドキュメント

原田マハさんは小説家、キュレーター、カルチャー・エッセイストです。

原田マハさんは44歳で作家に転身された方で、美術をテーマにした小説などで人気です。

「旅屋おかえり」がドラマ化されます、旅に行けない人のために旅を代行する原田マハさんの、

小説が原作のNHK特集ドラマ「旅屋おかえり」の秋田編が放送されました。

主演の安藤サクラさんは「丘えりか(通称おかえり)」は、依頼人の要望を受けて旅を代行するリポーター。

丘が各地で美しい風景や新しい出会い、地元の名産に触れ、旅の魅力を伝えるドキュメンタリータッチの旅ドラマです。

また、2022年1月21日放送のNHK「あさイチ」に、原田マハさんが「学生時代に大きな影響を受けた」として国民的画家・東山魁夷(ひがしやま ・かいい)を紹介したところ、

たちまち大手ネット書店では完売・在庫切れが続出しました。

 

そんな原田 マハさんの経歴や結婚と夫に兄にペンネームの由来は?国民的画家・東山魁夷を紹介し話題に?など調べて見ました。

 

原田マハ

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原田 マハ(はらだ・まは)さんの経歴

職業:小説家、キュレーター、カルチャー・エッセイスト

誕生日:1962年7月14日生まれ

出身地:東京都小平市

出身高校:山陽女子高等学校(現在:2020年男女共学 私立山陽学園高校)

出身大学:関西学院大学文学部日本文学科

出身大学:早稲田大学第二文学部

職歴

・1988年馬里邑(まりむら)美術館(現在は閉館)

・伊藤忠商事

・1995年森ビル森美術館設立準備室

・ニューヨーク近代美術館

・2002年にフリーのキュレーターとして独立

・2003年にカルチャーライターとして執筆活動を開始し

文学賞受賞・候補歴

2005年 に『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞受賞。

2012年に『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞受賞、第147回直木賞候補、第10回本屋大賞第3位。

2012年 に『キネマの神様』で第8回酒飲み書店員大賞受賞。

2013年 に『ジヴェルニーの食卓』で第149回直木賞候補。

2016年 に『暗幕のゲルニカ』で第155回直木賞候補。
2017年に 『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞受賞。

2018年 に『異邦人』で第6回京都本大賞受賞。

2019年に『美しき愚かものたちのタブロー』で第161回直木賞候補。

 

原田 マハ(本名未公開)さんは東京都小平市の出身ですが、父親の仕事の関係で小学6年生の時に岡山県に引っ越している。

山陽女子高等学校(現在:2020年男女共学 私立山陽学園高校)を卒業後に関西学院大学文学部に入学、

 

ドイツ文学科に籍を置いていましたが、あまりにもドイツ語が難しくて途中から日本文学科に転科されている。

1985年に関西学院大学を卒業し、1994年に今度は早稲田大学第二文学部の美術史科に進学されます。

関西学院大学4年生の頃にグラフィックデザインの専門学校に通い始め、

大学卒業後はずアルバイトをして暮らしていたそうで、1988年、馬里邑(まりむら)美術館(現在は閉館)に就職。

その後に結婚を機に馬里邑(まりむら)美術館を退職されて、アートマネージメント学校のディレクターになりますが、給料が安すぎたため退職。

今度は伊藤忠商事に入社し、アート、文化に関するコンサルティング業務を行い世界中のコレクターや美術館との交渉を行う。

1995年には森ビルの森社長の誘いを受け、森美術館の設立準備に携わる。

1994年には早稲田大学に入学、原田 マハさんは早稲田大学第二文学部入学時は結婚されており、

仕事に主婦に時間が無い中での入学だった。

1996年に早稲田大学を卒業し、学芸員の資格を取得します。

1999年には森社長からの支持で通訳学校に入学し、ビジネス通訳初級を取得されて森社長の通訳も務めていた。

2002年に原田マハさんが40歳の時に「一番やりたいことをやろう!」と森ビルを退職。

フリーのキュレーターとして独立し、2004年「CET04 VISION QUEST」という展覧会を立ち上げて2万人を動員します。

2004年に取材で訪れた沖縄で「カフー」という犬に出会い、原田マハさんは小説を書こう!と思ったそうです。

2005年9月に処女作「カフーを待ちわびて」を完成させ、この作品が日本ラブストーリー大賞を受賞し現在にいたる。


原田マハさんの結婚と夫や兄は?

1990年5月馬里邑(まりむら)美術館に勤務されて結婚を機に退職されており、結婚はこの時期だと思われます。

結婚後に伊藤忠商事に転職していますので、共働きだったようです、

旦那さんは音楽関係の仕事をされていたそうですが、現在は仕事をしていたそうですが、今では作家である妻をサポートするためマネージャーをされているようです。

残念ながら詳細は未公開となっておりますが、お子さんの情報もありませんでした。

 

原田マハさんのペンネームの由来は?

原田マハさんの本名は未公開となっておりますが、
ペンネームが「マハ」?なんでしょうか?

スペイン最大の画家と言われる、フランシスコ・ゴヤの作品の「着衣のマハ」「裸のマハ」に由来するそうです。

ピカソとその愛人との間に産まれた子供の名前が「マハ」だったそうなので、ピカソが大好きというのでつけたのでしょう。

 

原田マハさんのの兄・原田宗典さんは?

兄・原田宗典はらだ むねのり)さんは、1959年3月25日生まれの小説家です。

しかし、2013年9月7日に覚醒剤取締法違反・大麻取締法違反(所持)で現行犯逮捕され、

懲役1年6か月(執行猶予3年)を言い渡された。

小説についても、2018年の『やや黄色い熱をおびた旅人』以降、最新作の出版もしていません。

2020年は、小説新潮で『無理會』という作品を連載しています。

YouTubeチャンネル「王様の耳」を開設。

などで活動されている。

 

原田マハさんが絶賛! 国民的画家・東山魁夷を紹介し話題に?

 

NHK「あさイチ」で原田マハさんが「学生時代に大きな影響を受けた」として国民的画家・東山魁夷(ひがしやま・ かいい)『風景との対話』を紹介したところ、

たちまち大手ネット書店では完売・在庫切れが続出しまして、新たに原田マハさんによる推薦帯が巻かれて、ますます注目を集めています。

1967年に創刊された新潮選書の記念すべき第1号。

刊行当初からノーベル賞作家・川端康成に「散文詩のやうな文章が音楽を奏でてゐる」と絶賛され、

刊行55年目に入った今年も原田マハさんに「私に進むべき道を示してくれた」と熱く推薦されました。


推薦コメント

・川端康成(作家)
美しくさはやかな本である。読んでゐて、自然の啓示、人間の浄福が、清流のやうに胸を通る。これは東山魁夷といふ一風景画家の半生の回想、心の遍歴、作品の自解であるが、それを通して、美をもとめる精神をたどり、美の本源をあかさうとするこころみは、つまり、個を語って全を思ふねがひは、清明に、温和に、そして緊密に果たせれゐる。散文詩のやうな文章が音楽を奏でてゐる。

・原田マハ(作家)
本書は若かった私に進むべき道を示してくれた。いま、私はその道を歩んでいる。

・猪木武徳(経済学者)
忘れたころに開いて、沁みとおるような気持ちが味わえる1冊だ。著者も認めるこの「物憂い独白」は、立派な芸術家にとって反時代的であることがいかに大切かということを改めて教えてくれる。

 

著者コメント
・東山魁夷
私は生かされている。野の花と同じである。路傍の小石とも同じである。

『風景との対話』内容紹介
『道』、『残照』、『緑響く』、そして唐招提寺障壁画……心に残る傑作を残した日本画壇の異才が、故郷の風光に啓発されて、半生を回想する。若き日のベルリン留学、北欧の旅、古都慕情など、芸術への苦悩を語り、自然との対話を通じて、真の日本美とは何かを綴った名エッセイ。

東山魁夷(ひがしやま・ かいい)さんの経歴

1908-1999年。横浜市生れ。東京美術学校日本画科卒、研究科修了。

ベルリン大学哲学科美術史部中退。研究科では結城素明に師事。1947年日展で「残照」が特選・政府買い上げとなり、1950年日展出品の「道」で大きな評価を受けた。

1956年「光昏」により芸術院賞受賞。1969年毎日芸術大賞受賞、文化勲章受章。

1968年皇居新宮殿壁画、1981年唐招提寺御影堂全障壁画を完成。『わが遍歴の山河』『風景との対話』など多数の画文集がある。

 

 

 

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