伊藤若冲(画家)の略歴やお墓は気になる!美の巨人たち

40歳で家督を譲り、絵の道を進み始めた若冲が京都の名刹・相国寺に寄進するために
描いた作品です。

 

『釈迦三尊像』は東福寺が所蔵していた仏画を鮮やかな色彩で模写したもの。

その周囲を飾るために身近な生き物を描いたのが『動植綵絵』です。

 

伊藤若冲氏の略歴など調べて見ました。

 

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伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう)さん略歴

近世日本の画家

生誕:1716年3月1日

出身:※山城国

死没:1800年10月27日(満84歳没)

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※山城国(やましろのくに) は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。

  • 別称:城州(じょうしゅう)
  • 山州:(さんしゅう)
  • 雍州:(ようしゅう)
  • 所属:畿内(きない、きだい、うちつくに)とは、

日本では、

都や皇居に近い地域を指す呼称。

京(きょう)に近い国々(山城国・大和国・河内国・和泉国・摂津国の令制5か国)を指す呼称として用いられる。

 

中国では王、皇帝などが住む都の周辺の地域を指す呼称として用いられる。

日本では、畿内とは以下の5国である。

 

近現代の行政区分では、奈良県の全域と、京都府の南部、大阪府の大部分、兵庫県の南東部に当たる。

 

なお畿内という地域概念は現在でも存在し地方分権などの行政区分や観光などの産業分野でしばし取り上げられる。

 

  • 山城国(京都府京都市以南。ただし左京区広河原、右京区京北は山陰道丹波国)
  • 大和国(奈良県)
  • 河内国(大阪府東部)
  • 和泉国(大阪府南西部)
  • 摂津国(大阪府北中部および兵庫県神戸市須磨区以東
  • ただし高槻市樫田と豊能町牧・寺田は丹波国、神戸市須磨区須磨ニュータウン西部と北区淡河町は山陽道播磨国)
    五畿・五畿内とも呼ばれる。

ただし、716年に和泉国が河内国より分離される前は、
四畿・四畿内といった。

 

歴代の皇居のほとんどがこの地方に置かれた。

 

 

伊藤若冲の略歴

八百屋や魚屋が軒を連ねる京の胃袋、錦小路の青物問屋の長男として生まれる。

海の幸や山の幸に囲まれて過ごしたことは、若冲の原体験として後の作品に反映されている。

 

22歳で父が没し家業を継ぐ。

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若冲と親しかった京都相国寺の禅僧によると、若冲は「人の楽しむところ一つも求むる所なく」と評されている。

 

彼には絵を描くことが人生の喜びの全てで、芸事にも酒にも女遊びにも興味がなく、こうした世間の雑事のみならず、商売にもあまり関心がなかったらしい。

 

とにかく、頭の中は絵筆を握りたいという思いしかなかった。

 

何がきっかけで絵に目覚めたのか不明だが、家業のかたわら、30歳を過ぎてから絵を本格的に学び始めた。

 

最初は他の画家と同じ様に、当時の画壇の主流だった狩野派の門を叩いたが、「狩野派から学ぶ限り狩野派と異なる自分の画法を築けない」と考え、画塾を辞めると独学で腕を磨いていった。

 

京都には中国画の名画を所蔵する寺が多く、彼は模写の為にどんどん各寺へ足を運んだ。

寺院通いを続けるうち、若冲は修行僧のように頭を剃り、肉食も避けて、自ら「平安錦街居士」と称するようになった。

 

絵にかける思いは年々つのり、家業と画業の二重生活が苦しくなったのか、ある時若冲は店を家人に任せて丹波の山奥に入り、2年間も音信が途絶えてしまう。

 

帰宅した彼は、1755年、39歳で弟に家督を譲って隠居する。

弟は兄をよく理解し、画業を経済面から支えた。
これ以後、若冲は四半世紀の間、ずっと作画に専念する。

 

若冲は1758年(42歳)頃から、代表作となる濃彩花鳥画『動植綵絵(さいえ)』シリーズに着手する。

 

身の回りの動植物をモチーフに描き、完成まで10年を要した同シリーズは全30幅の大作となり、日本美術史における花鳥画の最高傑作となった。

 

1788年、72歳になった若冲を突然不運が襲う。
“天明の大火”だ。

 

京を火の海にしたこの大火事で、彼の家も画室も灰になり、焼け出されて大阪へ逃れた。

私財を失って生活は貧窮し、若冲は70の齢を過ぎて初めて家計の為に絵を描くことになった。

大阪では西福寺の金地の襖に『仙人掌(サボテン)群鶏図襖』を描いた。

1790年(74歳)から最後の10年間は、京都深草の石峯(せきほう)寺の門前に庵をむすんで隠棲した。

 

1792年(76歳)にずっと彼を援助してくれた弟が他界してからは、画1枚を米一斗で売る暮らしを送るようになる。

 

ただし、この晩年が若冲にとって悲しみに満ちたものかというと、元来無欲な彼にとって貧困は苦にならず、むしろ悠々自適の様子であったと伝えられている。

 

●若冲さんへ墓参り~京都市伏見区、石峯寺

石峯寺(せきほうじ)は、京都市伏見区にある寺院。宗旨は黄檗宗。

所在地 京都府京都市伏見区深草石峰寺山町26

交通アクセス

京阪電車深草駅下車、徒歩約5分

JR奈良線稲荷駅下車、徒歩約8分

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