吉本せいと夫の吉本吉兵衛は吉本興業創設者で 遊び人?

吉本せいと結婚した吉本吉兵衛は二人三脚で
吉本興業の創設者である。

誕生日:1886年(明治19年)4月5日

出身地:大阪市東区本町

両親:4代目吉本吉兵衛 母親 吉本ミネ
の次男として生まれる。

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実家は荒物問屋(箸吉(はしきち)で
父親は4代目の老舗、

 

箸は一般の箸より3割長く高級料亭が
お得意さんでした。

 

名前は

吉本吉次郎→吉本吉兵衛→吉本泰三(通称)
に変わっております。

 

長男は吉本吉三郎だったが3歳で亡くなったので
吉本吉次郎が跡取りとなる。

 

しかし1893年(明治26年)に母親の
吉本ミネが亡くなり、4年後に後妻をもらう。

 

後妻は吉本ユキ(出口ユキ)で連れ後子の
出口光三郎がいた。

 

出口光三郎は働きもので店を手伝うが、
吉本ユキ(出口ユキ)は性格が悪く、

 

吉本吉次郎をイジメ次第に家業に身が入らなく
なり「芸人遊び」に走ることになる。

 

芸人の間では有名人でした。
関連サイト

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画像:http://www.xn--gdk4ct16t.com/archives/8649

吉本せい(林せい)との結婚

1907年(明治40年)に結婚

吉本吉次郎 22歳

吉本せい(林せい) 19歳

父親の吉本吉兵衛は結婚したら落ち着くだろう
と思いましたが芸人遊びは直らなかった。

 

その後家業が傾き始めたが吉本吉次郎は
芸人遊びをやめなかった。

2度の差し押さえ受け倒産してしまう。

 

しかし結婚はしたがまだ入籍はしてなかった
そうで吉本」せいが妊娠したため
1910年(明治43年)入籍した。

 

その一方で運よく店が大阪市電鉄の立ち退きに
なりお金が入った。

 

吉本興業の原型と戦略

父親の吉本吉兵衛は何とか「箸吉」を立て直すため隠居し

家督を吉本吉次郎に譲るも、

 

名前は吉本吉次郎→5代目吉本吉兵衛となるが、
芸人遊びをやめなかった。

 

たまたま寄席の「第二文芸館」が売りの出され
ていたため購入する、

 

しかし経営権300円と家賃25円の大金だった
がお金が無い。

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困った吉本せいが福島の高利貸しから100円
借り、残りの200円は林家から借りたのです。

 

これが吉本興業の原型なのですが、4代目が
怒ってしまい勘当されそれからは、

 

5代目吉本吉兵衛を名乗らず

吉本泰三(通称)を使用する。

 

当時の寄席は入場料15円+下足代2銭が相場

※(明治45年頃は「そば」が3銭の時代)
(1円は100銭です)

 

「文芸館」は入場料5円格安料金+下足代2銭で営業開始する。

吉本泰三は遊び人だが野心家だった

 

寄席の成功は妻の吉本せいの力となっていたが
裏では芸人道楽=情報集め

 

吉本泰三は1914年(大正3年)には

松島の寄席「芦辺館」

福島の「龍虎館」

梅田の「松井館」

天神橋の「都座」

を買収し寄席のチェーン展開を始める。

大阪通天閣回収の夢や

1915年(大正4年)一流寄席「蓮菜館」の
買収

 

売値は1万5000円だったが吉本せいは
1万2000円に値引きに成功している。

 

これが吉本興業の経営の基盤なのかもしれません

又、1919年(大正8年)一流寄席「永楽館」
買収。

大阪の一流寄席を2つも買収した。

 

その後大正時代は落語の衰退の一途をたどり
落語不況が続くが、

 

吉本せいは三流寄席で人気だった島根県の
「安来節」の目を付け、

 

弟の林正之助を新人発掘のため島根県へ、
吉本せい は女性の「遠藤お直」と契約し

 

安来節のエロ版を男性が興奮する目的で
昭和初期まで「安来節」ブームをつくった。

 

昔も今も男はスケベまして娯楽のない時代
だったので成功したのでしょう。

吉本王国

桂春団冶と契約

吉本興業部は芸人に「月給制」導入する、
仕事が不安定な職業なので「月給制」は、

安定がほしい芸人が吉本興業部へと流れた。

吉本泰三は1922年(大正11年)に

大阪18館

神戸2館

京都5館

東京1館

神奈川県1館

名古屋1館

合計28館の寄席をてに入れて吉本王国となった。

 

吉本泰三は愛人宅で死去

妻の吉本せい 医者からこれ以上子供を

生めない体になっており、

 

吉本泰三に愛人を持つよう勧めたのでした
1924年(大正1年)2月13日

愛人宅で死去しました、

 

原因は脳溢血(のういっけつ)か心臓麻痺
しんぞうまひ)ではないかと言われております

享年 39歳。

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