鈴木貴子はエステー社長で経歴や大学は?結婚や創業者に戻った理由?

鈴木貴子氏はエステー社長なのですが、
エステーを興した鈴木誠一(現・名誉会長)の三女として
生まれ育ったのです。

 

しかし父親の鈴木誠一氏に
幼いころから「子どもを自分の会社に入れるつもりはない」と
言われて育ったので、

 

会社に入るとは思わなかったそうです。

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2013年4月「エステー」が社長をめいっ子に変えたら

売上激増で話題になったのです。

 

エステーの社長の歴史は?

①鈴木千蔵(エステー化学初代社長)

②鈴木誠一名誉会長

③鈴木明雄(元エステー化学社長)

④鈴木喬(たかし)エステー会長(元社長)
※創業者の鈴木千蔵氏の四男

2007年に社長を退任し、執行役兼取締役会会長に就く

⑤小林寛三(元エステー化学社長)

⑥④鈴木喬2009年代表執行役執行役社長兼取締役会会長に復帰

⑦米田幸正(元エステー化学社長)2012年

※④鈴木喬氏は会長職になる

⑧鈴木貴子(現エステー化学社長)
2013年4月~

※②鈴木誠一名誉会長の三女で④鈴木喬会長の姪になる。

そんな鈴木貴子社長の経歴や大学、

結婚やや創業に戻った理由など調べて見ました。

 

画像:http://www.jmca.jp/prod/2556

鈴木貴子(すずきたかこ)社長の経歴

役職:エステー化学 社長

誕生:1962年3月5日

年齢:55歳(2018年2月現在)

出身地:東京都

出身大学:上智大学外国語学部イスパニア語学科卒

経歴

1984年:智大学外国語学部卒業後

1984年:日産自動車株式会社入社

2001年: LVJグループ株式会社入社

2009年: 株式会社シャルダン代表取締役

2009年: 株式会社花房山企画室代表取締役(現任)

2009年:有限会社鈴木誠一商店代表取締役

2010年: エステー株式会社入社 営業本部付

2011年:執行役グループ事業戦略担当兼フレグランス・デザイン担当

2012年:同グローバルマーケティング部門特命担当

2013年:エステー会社 社長就任

 

鈴木貴子社長ははエステー鈴木誠一名誉会長の三女で幼いころから

「子どもを自分の会社に入れるつもりはない」

と言われて育ったことと、大学の専攻のスペイン語を活かせる仕事ということで
日産自動車に就職。

 

メキシコをはじめ、中南米への出張を繰り返した、

あまりに広範囲にわたることからユーザー
目線が想像できず、

女性としての強みを生かすことができないとのことから退社。

 

その後はプラダジャパンや外資系化粧品会社などを経て、

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2001年にルイ・ヴィトン・ジャパンに入社。

いずれの企業でも女性をターゲットとする
商品やブランドのマーケティングに携わった。

 

その実績を買われ当時の社長(現会長)で
おじに当たる鈴木喬氏からエステーの事業を応援するよう声がかかり、

デザインを深く掘り下げることで、他社との差別化を図ろうとしていたので、

2009年に鈴木貴子氏はデザイン・コンサルティングの会社を立ち上げ、

エステーの「デザイン改革」を手がけたのが始まり。

 

2010年にエステーに入社しさまざまな部署で経験を積んだ。

商品やパッケージのデザインがあまりに男性的であることに疑問を持ち、

 

世の中の半分は女性なのですから、
商品の開発から製造、マーケティングまで、

女性がもっと関わるようにすれば、ユーザーによりフィットした

商品を考えられるのではと思いデザインを変えて、

就任3年目で9カ月間では過去最高益を叩き出したのです。

 

鈴木貴子社長の結婚は?

鈴木貴子社長は55歳になるので結婚や
お子さんなどいるか調べても、

情報はありません、日産自動車勤務は
メキシコをはじめ、中南米への出張
がおおかたり、

 

女性をターゲットとする会社で働いていましたので、

仕事優先のキャリアウーマンのようです、

結婚などの時間が無かったかもしれませんし

情報が流れてないのでたしかな情報が
今現在は独身と思われます。

 

創業者に戻った理由は?

鈴木喬(たかし)エステー会長が
自らスカウトしてきた新兵器で米田幸正氏、

「米田が利益を出してくれる」と期待をかけていた。

 

米田氏は、東証1部上場のエステーを含めて、

上場企業3社の社長を経験するという異色のキャリアの持ち主だ。

 

しかし、2012年3月期の連結経常利益は

前期比45.6%減の8億4100万円に落ち込んだ。

米田氏は、わずか1年でクビとなった。

 

鈴木貴子氏に白羽の矢に立ったのは、

改革を進めていく過程で、課題はデザインにとどまらず、

香りの質や配合ももっと深掘りできるはずだと考えるようになりました

ただ、私がいくら「こうすればもっと良くなる」と訴えても、

社外のコンサルタントの立場ではどうしても限界があったのです。

 

自分自身が中に入らなければ組織を動かすことは難しいと実感し、

叔父の勧めもあって、翌2010年にエステーに入社しました。

 

「女性をターゲットにした商品で、長く愛されるブランドを築く」という

自分の軸に沿った決断だったので、

それまでとまったく違う分野に飛び込むことに迷いはなかった。

 

最後に

鈴木貴子氏は社長になる前は姿勢が悪く、声もこもりぎみだった、

そこで、パーソナルトレーナーについてジムで体幹を鍛えたり、ピラティスに取り組んだりした。

姿勢が良くなれば、声の張りや目力も自然と生まれるそうです。

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