相澤孝夫は相澤病院理事長で経歴や高校に大学と小平奈緒との出会いは?

相澤 孝夫(あいざわ たかお)理事長は長野県松本市の
相澤病院の理事長であり院長ですが、

 

一躍話題になたのは平昌五輪・日本スピードスケート女子で初めての
金メダルを獲得した小平奈緒選手の所属先でした。

 

相沢病院は今年創立110年を迎える歴史ある民間病院だが、

かつては6年連続の赤字に苦しむ地方病院だった。

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その赤字病院の改革を断行し 全国の民間病院から注目される病院を

作り上げた人物こそ相澤理事長なのです。

 

そんな相澤理事長の経歴や大学に小平奈緒選手との

いきさつなど調べて見ました。

 

画像:https://www.ghc-j.com/blog/%E5%B0%8F%E5%B9%B3%E5%A…

相澤 孝夫(あいざわ たかお)氏の経歴

役職:相澤病院 理事長

誕生:1947年生まれ

年齢:70歳(2018年2月現在)

出身地:長野県松本市

出身高校:長野県立松本深志高校

出身大学:東京慈恵会医科大学

職歴

1973年 東京慈恵会医科大学卒業

1973年 信州大学医学部附属病院勤務(内科学第二講座)

1981年 特定医療法人慈泉会相澤病院 副院長就任

1988年 社会福祉法人恵清会 理事長就任

1994年 社会医療法人慈泉会相澤病院 理事長・院長就任

2008年 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 理事長・院長就任

2018年で相沢病院は今年創立110年を迎える歴史ある民間病院だ。

 

明治41年に祖父の曽兵衛氏が開設し、相沢理事長が小学生だっ

た昭和32年に父、正樹氏が院長を継いだ。

 

父正樹氏は胃がんのため65歳で亡くなった。

 

正樹氏の弟の前田恒雄氏が慈泉会3代目理事長に、

相沢理事長はそのとき34歳で若かったので副院長として全体のまとめ役になる。

 

2008年 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 理事長・院長就任。

時代の要請に適応した病院経営を行い、相澤病院は日本で6番目、

甲信越地方では初の「JCI」(世界各国の医療機関を評価する機構)の認定を受けている。

 

地域包括ケアシステムの中心地として2016年2月に相澤東病院を開設。

サービス付き高齢者住宅などの幅広い地域支援も行なっている。

 

『神様のカルテ』(かみさまのカルテ)は、夏川草介による日本の小説のシリーズ。

モデルとなった病院と言われている

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小平奈緒選手を支える相沢病院

リーマン・ショックのまっただ中で、
信州大教育学部(長野市)卒業後も結城コーチのもとで練習を続けることを条件に、

 

シーズン中から県内外の企業に採用や支援を求める手紙を何通も書いたが、

よい返事は得られなかった。

 

たまたま2008年11月にレース中に転倒し、左足首を痛めた小平選手が

通院していたのです、

同席した結城コーチが切り出した。「相沢病院で何とかなりませんでしょうか」。

 

相沢理事長は採用はこまっている
長野県の人に応えたのです。

 

小平選手は2009年4月16日付で、相沢病院に職員として就職、

相沢理事長は「スケートに専念したほうがいい」と言い、

職員としての給与、長野市内での住居費、用具代で年間1000万円ほどを負担。

 

それで小平選手はスケートに集中できる環境を確保したのでした。

最後に

相沢理事長は小平選手のメリットをよく
聞かれるそうですが、

『1億円の宣伝効果』

『病院が有名になった』

とか言われるけど、有名になったからといって患者さんが来るわけじゃないと
言われてます。

平昌五輪は自由に楽しんで、春風が吹き抜けるような滑りをしてもらえるとうれしいと言ってます。

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