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浅野雅己エアーかおる社長の経歴や年齢に大学は!エアーかおる誕生の苦難!

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浅野雅己(あさの・まさみ)社長の経歴 企業の社長
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浅野雅己(あさの・まさみ)浅野撚糸株式会社  代表取締役社長です。

繊維どころ岐阜で1967年に創業された浅野撚糸株式会社
の、「魔法のタオル」と呼ばれ、長年ヒットを続けている人気のタオル、

その名は「エアーかおる」。

「エアーかおる」は、柔らかく軽量で吸水性に優れた「魔法のタオル」として知られ、大ヒット商品となりました。

このタオルは、シリーズ累計販売枚数1800万枚を超える人気商品に成長し、浅野撚糸の経営を大きく改善させました

浅野氏は「ナンバーワンよりもオンリーワンを目指す」という理念のもと、独自の技術開発と製品化に力を入れ、会社を再建しました。

現在、浅野撚糸は60名の従業員を抱え、撚糸製造販売や特殊タオル販売などを手がける企業として成長を続けています

浅野雅己(あさの・まさみ)社長の経歴

浅野雅己(あさの・まさみ)社長の経歴

役職:浅野撚糸株式会社  代表取締役社長

誕生:1960年生まれ

出身地:岐阜県安八町

出身大学:福島大学教育学部

妻:真美さん

HP:https://bishu-japan.com/company/detail/13

職歴・受賞

1982年に岐阜県で小・中学校にて教員をつとめる。

1987年、父親が創業した浅野撚糸に入社。

1995年に2代目代表取締役に就任。

2013年に第5回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞受賞。

2014年に文部科学大臣表彰 科学技術賞受賞。

2014年に第28回中日産業技術賞 特別奨励賞受賞。

東日本大震災からの復興を目指す福島県双葉町への新工場設立、

2023年4月22日(土)、福島県双葉町に新施設「フタバスーパーゼロミル」がオープンしました。

HP:https://asanen.co.jp/company/

浅野雅己社長は幼稚園児の頃からわんぱくでガキ大将で、
いじめは絶対にせず、弱い者を率先して助ける周囲からの人望も厚かった。

小学校では学級委員を任されるなどリーダー的存在。

中学から大学までバレーボールに打ち込む。

体育教師の夢を追いかけ、高校卒業後は多くの体育教師を輩出する福島大学に進学。

大学時代は部活の練習、トラック運転手やバーテンダーの仕事などでなんとか生活費を稼いだ。

中学校の体育教師になり、バレーボール部の顧問。

母親が病に苛まれるようになった。

それでも家族と会社を守りたいと思い1995年に35歳の若さで二代目社長となる。

安価な中国製品が国内市場を席巻し、浅野撚糸の売上は減少の一途を辿っていった。

2003年にはリストラを断行し、社員を1/3に減らした。

特殊な糸『スーパーゼロ』を開発。

※『スーパーゼロ』が誕生したのは、大手繊維商社のクラレ(現・クラレトレーディング)からお湯に溶ける糸を紹介されたのがきっかけだった。

浅野雅己社長は外回り営業を終えた夜9時から深夜まで連日のように工場にこもり、ひたすら開発に打ち込んだ。

5年の歳月をかけて完成した糸は、ゼロから這い上がりたいという想いから『スーパーゼロ』と名付け、特許も取得。

しかし、この糸を有効活用してくれる企業がなかなか見つからず、しばらく苦戦を強いられる。

2005年に三重県の老舗タオルメーカー「おぼろタオル」との出会いである。

同社も売り上げが激減しており後がない状況で、両社は、新しいタオルの開発をかけてタッグを組む。

そして、試行錯誤の末に出来上がったのが、『スーパーゼロ』を使ったこれまで見たことがないふわふわなタオルだった。現在の『エアーかおる』の原型である。

一般的なタオルの1.5倍の吸水力を発揮、洗濯してもふわふわ感が長続きし、

毛羽落ちが少ないうえ、糸の空気の隙間に風が通ることから、洗濯後の渇きも速くまさしく「魔法のタオル」と呼ぶにふさわしい圧倒的な高機能を実現した。

現実は甘くはなく「価格が高い」と相手にされない。

自社ブランドとして育て上げ、国内外に多くのファンを持つ人気商品となる『エアーかおる』が誕生したのだ。


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