石川鋼逸(いしかわ・こういつ) 石川鋳造株式会社 代表取締役社長です。
石川鋳造株式会社は1938年(昭和13年)創業で本社は愛知県碧南市中松町にあります。
社内に若手4名からなる新規事業プロジェクトチームを立ち上げ、
開発のヒントとなったのは、石川社長の少年時代の経験で、家庭で母親が焼く肉が飲食店のものに比べて水っぽく感じていた。
調査の結果、鉄板焼き店の鉄板には相当な厚みがあることがわかり、これが美味しさの秘訣だと確信。
厚みのあるフライパンは重くなるという課題があり、この段階で課題を解決するために、手の形状や角度の研究を重ね、穴をあけることで軽量化を実現しました
開発には10年の主流を支え、業界とは逆の「重い」「無塗装」というコンセプトで、2017年に「おもいのフライパン」を発売しました。
美味しいお肉が焼きあがる「おもいのフライパン」
予想に反して大ヒットし、一時は入荷まで3年待ちになるほどの人気商品となる。
石川社長は、この開発小さい頃から夢を実現し、鋳物技術という自社の強みを活かした新たな商品を生み出したことに成功しました。
石川鋼逸(いしかわ・こういつ)社長の経歴
役職:石川鋳造株式会社 代表取締役社長
誕生:1972年生まれ
出身高校:愛知県立碧南高等学校
出身大学:中京大学
元職業:高校教師、野球部監督を7年間務める。
石川鋼逸社長は小学生時代からの野球選手で大学まで野球をされていた。
石川鋼逸社長は教員免許を取り1995年中京大学卒業後に母校・碧南高校野球部の監督に就任。
高校教師、野球部監督を7年間務める。
30歳で石川鋳造株式会社に入社。
2004年に先代から会社を引き継ぎ4代目社長に就任。
2008年から新商品開発プロジェクトを立ちげ、2017年に発売した「おもいのフライパン」は入荷3年待ちの大ヒットとなる。
2017年に「おもいのフライパン」を発売。
2020年6月肉のサブスクリプションサービスを開始。
2023年2月17日に発売し、5月末の時点で販売計画の1.5倍に到達しています。
「おもいのフライパン」のオンラインショップはこちちら!
石川鋼逸社長の実家は元運送業だった!
碧南市の棚尾での運送業や精米業から始まった当家は、曾祖父・石川市郎の決断で製造業に転身。
曾祖父は友人の鋳物業で技術を磨き、昭和13年に石川鋳造所を立ち上げました。
織物機械の部品製造に特化し、大同製鉄や平岩鉄工所、そして大隈鉄工所と協力して事業を展開。
高度経済成長の波に乗り、自動車産業が台頭した昭和33年には自動車部品の製造を開始。
日本の自動車産業が大きく成長し始めた時期で、この頃、自動車の需要が増加し、同時に部品製造業も盛んになりました。
しかし、自動車部品製造業者は、いくつかの困難にも直面。
国内外のメーカーが参入し、サプライチェーン内での競争が激しくなりました。
戦後の統制経済の影響で、広範な原材料を必要とする自動車産業は、調達の手続きが煩雑であったことも苦境の一因です。
サプライヤーは多くの部品を効率的に生産することを求められ、コスト削減の圧力も強くなり。
特に小規模の部品メーカーは、大手の要求に応じるのが難しく、経営的に厳しい状況に置かれました。
これらの要因が、自動車部品製造業の成長に対する大きな障害となりました。
今やハイブリッド車と電気自動車が普及し、部品製造は減少の一途を辿っています。
石川鋼逸社長の今後の活躍は!
石川鋼逸社長は、石川鋳造株式会社の代表取締役社長として、今後も進歩的な製品開発と事業展開を継続する可能性が高いです。
石川社長は、「おもいのフライパン」の成功を踏まえ、今後の製品開発に期待を示しています。
・お肉に特化した鉄板
・揚げ物もおいしい万能鍋
・フライパンのサイズ展開(ピザやもんじゃ焼きに対応)
これらの新製品開発、「いつものお肉がこんなにも美味しいなんて」という驚きを消費者に届けることを目指しています。
ブランド力の強化
石川社長は、「石川鋳造はいいものをつくっている」という認識を広めたいと考えています。
無理のないものづくりと革新的な商品開発を育て、ブランド力をさらに強化していく可能性が高いでしょう。
石川社長の経営手法には、野球経験から得た「逆転の発想」が活かされています。
・商品のトレンドを追わない
・広告は打たない
これらの独自の戦略により、大手企業との差別化を図っています。